佳作

応募者氏名:若原 愛織
学校名:岐阜総合学園高等学校
学年:2年生
題名:何でもやってあげることが優しさじゃない

 私は、自分で言うのもなんだが、困っている人を見ると放っておけない性格だ。日常生活の中で、さまざまな場面で困った人がいる。私は、そういった場面に遭遇したら、すぐに手を差しのべたくなる。しかし、その思いやりが、時に、相手のためにならないという事を知った。
 私が、こう思うようになったのは、中学生の時、姉に言われた、たった一言の言葉だった。中学生の時、姉と駅の中を歩いている時に、杖をついてゆっくりと歩くおじいさんと遭遇した。その方は、足が不自由そうであった。その方が階段を降りようとしている時、とてもゆっくりで、鞄も抱えていて、私には辛そうに見えた。だから、私はすぐに、「大丈夫ですか?荷物、持ちますよ。」と声をかけた。しかし、その方は、「大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」と丁寧に断ってくださった。しかし、私は、そう言われたのにも関わらず、辛そうという思いから、「手伝いますよ。」と言って、手助けをした。その時の私は、人の役に立てた事が嬉しく、満足していた。しかし、嬉しかったのは、私だけだったのだ。姉が言うには、その方の表情は、申し訳なさでいっぱいだったのか、暗い表情をしていたらしい。そして、姉は私にこう言ったのだ。
「何でもやってあげることが優しさじゃないよ。」と。これを言われた時、私は、正直、理解できなかった。その時の私は、困った人を助けるのは、非常に良い事で、相手にとって嬉しい事だと思っていた。そして、それは、正しい事だと思っていた。だから、姉に、「なんで?」と聞いた。そしたら姉は、「あなたはその人のできることを奪っているんだよ。」と言った。私は、これを言われて、この出来事を思い返してみた。その方は、足が不自由ながらも、ゆっくりと自分で階段を降りようとしていた。それを見てとっさに、大変だと思い、助けたのだ。しかし、この行動は、相手を助けている反面、可哀想な人と勝手に決めつけている事に気がついたのだ。私は、そこで初めて、何でもやってあげる事がいい事ではないという事を知った。
 私は、将来、看護師になりたいと思っている。看護師というのは、さまざまな人の身の回りの支援を行っている。だからこそ、身の回りの支援をする時、全てやってあげるのではなくて、患者さん自身ができることは、その人自身にやってもらい、難しい事を手助けしていこうと思う。私は、この出来事を通じて、人に対する本当の優しさというのを知れた気がする。私は、これからも、この事を常に意識して、人の手助けをしていきたい。