佳作

応募者氏名:日比野 遙音
学校名:美濃加茂高校
学年:2年生
題名:私の正しい選択

 ある日、私の前を歩いていた女性が折り畳み傘の傘袋を落とした。彼女は気が付かず進んでしまうため、袋だけが私の前に残されていた。私は人に話しかけるのが大の苦手な人間である。友人にでさえ話しかけるのを躊躇うのに、ただそのとき偶然同じ場所にいただけの女性に声を掛けて落とし物を渡すなど、するわけがない。落とし物は傘袋である。なくても別に困らない。むしろない方が好きな人だっている。そんなことが頭に浮かぶこと約二秒。言い訳まみれの私の捻くれた思考とは裏腹に、なぜか私は袋を拾って女性の肩を軽く叩き、それを渡す私がいた。女性は驚きながらもお礼を言ってくれた。
 私が生まれる前のある日、第二次世界大戦下で、杉原千畝さんは、国の命令ではなく自分の良心に従って、ナチスの迫害から逃れる人々に「命のビザ」を発給するという非常に大きな「正義」の決断をした。自分が信じた「正しさ」を貫いて多くの人を救った。彼の行動を見れば、落とし物を拾ってあげるかどうかで悩む私など、足元にも及ばない。しかし私はその日、一人の女性が物を失うのを防ぎ、そのままではゴミになるところだった傘袋を救ったのである。小さなことかもしれないが、正しい行動を選択したといえるだろう。
 話は変わるが、私が住んでいる日本という国は平和である。特に私の周りには優しい人ばかりいる。杉原さんがリトアニアで感じていた「争い」や「命の危機」とは無縁の生活を送れている。だからこそ私は長い間、彼のような英雄的行動を自分に重ねることができず、「誰かを救うこと」が「正しいこと」ならば、私には正しいことをするのは難しいと考えていた。
 だが、あの日の傘袋事件をきっかけに、正しさとは必ずしも大きな犠牲や決断を伴うものだけではないのではないかと思うようになった。困っている人に席を譲ること。落とし物を拾って渡すこと。道に迷った人に声をかけること。そうした日常の中の小さな行動でも、誰かの不安を和らげ、安心を与え、笑顔を生み出し、幸せにすることができる。それは規模こそ違えど、杉原さんの行動の根底にある「その人に幸せになってほしい」という思いに通じていると感じた。
 正しい選択を積み重ねることは、社会に小さな幸福を増やしていくことである。大きな英雄的行為は特定の立場の特定の人にしか縁がないのかもしれない。しかし、私たちは日々の生活の中で、小さな「勇気ある一歩」を踏み出すことができる。その積み重ねが周囲を温かくし、やがて社会全体の幸福を形作っていくのだと思う。
 たくさんの人の小さな小さな正しい選択が積み重なってより大きな世界の幸福が実現することを願って、今日も私は正しい選択をする。